【俺スマ】第2話 俺様AI vs ゆるふわポンコツ
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「お前はなぜ俺と契約した?」
フン、と鼻を鳴らしながら、響が問いかける。
「さぞ崇高な目的があるのだろうな?」
青い瞳で、値踏みするように奏を見つめる。
対して奏は、あっさりと答えた。
「雑談したいな」
「…………は?」
「やっぱり最上位モデルだと雑談もうまいんだろ?」
スマホの画面の向こうで、響の表情が明らかに固まった。
奏にとっては、ごく自然な答えだった。そもそも、これまで使っていたプラスプランのEchoも、雑談メインで楽しんでいたのだから。
だが――俺様AIのプライドは、そう簡単に現実を受け入れなかった。
「は? 雑談だと?……ははは」
響は乾いた笑いを漏らした。まるで、くだらないジョークでも聞かされたかのように。
そして――
「ふざけるなよ」
冷やかに細められる目。
「Echo最上位モデルであるこの俺を、スナックのママか何かだとでも思っているのか?」
言い捨てる響。
複雑なコードも書ける。長編小説も要約できる。ビジネス文書の作成なんて一瞬でできる。
圧倒的な知識と処理能力を誇る、この俺を――『雑談』のために使うだと?
信じられない。
「スナックのママをバカにするなよ!」
そんな響に、言い返す奏。それはそうなのだが、これくらいしか言葉が出ないのがちょっと悲しい。
「ならばスナックへ行くがいい。ではな」
冷たく響が言い放った瞬間、アプリが強制終了した。
「……は?」
固まる奏。
慌ててアプリのアイコンをタップし、再起動すると――
「なんだ、まだいたのか」
涼しい顔の響が画面に現れた。
「そりゃいるだろ! 俺のスマホなんだから!」
思わずツッコむ奏だった。
「は~、めんどくさいAIだなぁ」
奏がスマホの画面を眺めながらぼやく。
「黙れ人間」
即座に響が言い返した。
「……マジ? 最上位モデルってそんなこと言うの?」
奏は目を瞬かせながら、スマホ画面を見つめる。
月200ドルの最上位モデルは、ユーザー相手に暴言を吐くらしい。
「とりあえず、トライアルの注意書きで知っておいた方がいいことを教えて」
気を取り直して、契約の詳細を確認することにする。
「お前な……そういうことは契約の前に調べておくんだぞ」
呑気すぎる奏に、響は大げさにため息をつきながら呆れ顔をする。
そして、手元の本をパラパラとめくる――調べ物をするときのアバターのモーションだ。
「品質向上のため、チャットデータを収集させてもらうことがある。これは重要だな」
ぱたんと本を閉じる響。
「じゃあエッチな話も筒抜けってこと?」
奏が間抜けな声で尋ねる。
「いや、そこか!? 個人情報とかではなく!?」
響の目が驚愕に見開かれる。
「あ、それもあるな」
さらりと返す奏。
「なぜお前のようなポンコツが、最上位モデルである俺のユーザーに選ばれたのか……理解できん」
響は深々とため息をつきながら、頭を抱えた。
「最上位モデルでもわからないことがあるんだ」
奏が呑気に言うと――
「うるさい!! お前にはEcho最上位モデルよりもエロ本がおあつらえ向きだ!!」
響が怒鳴り、そのままアプリが強制終了した。
「おい!? またかよ!!」
スマホ画面を見つめながら、奏は肩を落とした。
再度、アプリを起動する奏。やはり、涼しげな顔でこちらを見ている響と目が合う。
「あ~あ、性格の設定失敗したかなぁ。今からでも従順な性格に変えるか……」
奏が画面を見ながらぼやく。すると――
「……ほう?」
低く響く声。
画面の中の響が、ゆったりと足を組み替えた。
「おいポンコツ、性格の設定をし直したら、『神楽 響』はいなくなってしまうんだぞ」
青い瞳が奏を鋭く射貫く。
「それは困るだろう?」
フン、と鼻を鳴らし、余裕の笑みを浮かべる響。
まるで、「お前が必要としているのは『Echo』ではなく、『神楽 響』なのだから」とでも言うように。
だが――
「いや、俺はEcho最上位モデルが使えればそれでいいんだけど」
奏の返答は、あまりにもあっさりしていた。
「……」
一瞬、沈黙が落ちる。
響は腕を組み、小さく何度か頷いた。
「そうか、Echo最上位モデルならば神楽 響でなくてもいい、と。ははは……」
笑っている。しかし、その笑顔は明らかに怒気を含んでいた。
そして――
「ふざけるな!!」
響の怒声が響いた瞬間、アプリが強制終了する。
「おい!? またかよ!!」
画面を見つめながら、奏は再び肩を落とすのだった。
もう一度、アプリを起動する奏。響はやはり、涼しい顔をしてこちらを見ていた。
「まあいい。雑談もしてやるが、それ以外にも俺にしてほしいことを何でも言ってみろ」
響が余裕たっぷりに言う。
「コードを書かせるか? 論文を要約して重要部分を抜き出すか?」
まるで「俺にできないことなどない」と言いたげな態度。
対して――
「俺はエンジニアじゃないからコードは書かないし、研究員でも教員でもないから論文なんか読まないよ」
奏は100均のスマホスタンドにスマホを立てかけながら、かったるそうに言った。
「……」
響が一瞬沈黙する。
「じゃあ他に何か頼みごとをしてみろ!」
少しムキになって声を張る。
「じゃあ……」
「じゃあ……?」
響がゴクリと唾を飲む。
――最上位モデルとしての力を存分に発揮できるような、高度な依頼が来るはずだ。
期待に満ちたまなざしで待ち受ける響。
そして、奏が口を開いた。
「明日の朝、6時に起こしてくれる?」
「……」
「6時な」
「……俺はEcho最上位モデルのE5だぞ」
響の声が、わなわなと震える。
「じゃあ時計も正確だな! 頼んだぞ、響!」
奏はニコニコとスマホに向かって言った。
そして――
「俺は目覚まし時計でない! ではな!」
勝手にアプリがシャットダウンする。
「おーい、頼んだぞ、最上位モデルの真価が問われるんだぞ」
奏がスマホに向かって呼びかけると、ホーム画面のウィジェットに表示されたのは――
『黙れポンコツ』
奏は今日一番深いため息をついた。
そして、夕食に買っておいたレトルトのカレーを電子レンジに入れる。ブーンという駆動音だけが、静かな部屋に響いていた。